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プロ野球のオールドユニフォーム(復刻版)~パ・リーグ5球団 | 後編

前編は下記のリンクから。
プロ野球のオールドユニフォーム(復刻版)~パ・リーグ5球団 | 前編

千葉ロッテマリーンズ


千葉ロッテマリーンズの前身、ロッテオリオンズが1973年から1991年まで着用していたユニフォームの復刻版です。千葉ロッテマリーンズに球団名が変わったのは1992年からで、現在はオリオンズのピンクやブルーというイメージは完全になくなり、黒や白がチームカラーになっていますね。
写真は始球式の様子で、投げているのは「マサカリ投法」でおなじみの村田兆治。この時代のオリオンズの名選手といえば村田兆治の他に、1986年までは落合博満も在籍していました。落合は3度の三冠王のうち2度はオリオンズで達成しています。


この写真に何か違和感を持ちませんか?菊池雄星は入団時の背番号が「17」で、現在は「16」です。写真では背番号が「24」になっていますが、実はこの「24」は西鉄ライオンズ時代にプロ野球記録のシーズン42勝を上げるなど伝説級の活躍をした稲生和久がつけていた背番号。2012年からはライオンズ唯一の永久欠番になっています。
なぜ菊池が「24」の背番号でプレーしているのかというと、この写真は2012年7月1日の試合の時のものなのですが、この日に「永久欠番メモリアルゲーム」として、ライオンズの全員が背番号「24」で試合に参加する試みが行われたからです。ユニフォームも西鉄時代の復刻版が着用されました。



こちらは1936年に創設され、1940年まで東京都杉並区を本拠地に存続した球団「東京セネタース」の復刻版ユニフォームです。しかし実はこの球団、ライオンズの系譜に直接は関係していません。
ただ、西武鉄道の源流企業が東京セネタースを後援していたこと、球団の本拠地が西武鉄道沿線にあったことからライオンズによってユニフォームの復刻が行われました。復刻版ユニフォームとして、なかなかレアなケースではないでしょうか。


こちらのユニフォームはすぐにピンとくる方が多いでしょう。1979年から1995年まで約15年間着用された、上下ライオンズブルーのビジターユニフォームの復刻版です。この期間の成績は、リーグ優勝11回、日本一8回と今も語り継がれる黄金時代。当時のライオンズファンにも他球団のファンにも、強く印象に残っているユニフォームだと思います。


楽天は2005年の創設以来、これまで大きな変更なくクリムゾンレッドのユニフォームを着用しています。なので、復刻ユニフォームが着用されたことはありません。パ・リーグでは2013年に「レジェンドシリーズ」として全球団が復刻版ユニフォームで戦うイベントも行われましたが、楽天はその際も創設以来の通常ユニフォームで試合に臨みました。


クリムゾンレッドのチームカラーはNPBで楽天のみですし、ユニフォームはこれからもしばらくは大きく変更することなく、チームの伝統を積み重ねていってほしいと思います。

ここまでパ・リーグ5球団の復刻版ユニフォームを紹介してきました。次回はブルーウェーブ、バファローズ、ブレーブスと3球団の歴史を汲むオリックス・バファローズについて、復刻版ユニフォームから球団の歴史を詳しく取り上げます。

ページビジュアル wikipedia より

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